2016年度 物質生命理工学科実験II 第18テーマ

 

 

ゾウリムシの電気走性

 

 

1.目的

テキスト ボックス:

 ゾウリムシ(Paramecium caudatum)は長さおよそ100-200μm、細い方の半径10μmほどの大きさの原生生物で、単細胞の真核生物である。ゾウリムシの細胞表面には多数の繊毛(chili)が生えていて、この繊毛を波打たせることにより細い方の端に向かって推進する。

 水中でゾウリムシに電界を印加すると、電界の種類によって1方向に泳いだり、静止したりと、様々な動きをする。このような現象を電気走性とよんでいる。この実験では、ゾウリムシに幾つかの種類の電界をかけながら電気走性の特徴を観察し、電気走性という現象が起きる原理を考えてみる。


2.理論


 電界がゾウリムシに及ぼす作用は、物理学的作用、化学的作用、生物学的作用に分類できる。化学的作用としては、電極の溶解や電気化学反応による物質濃度の変化が考えられるが、科学物質の拡散に比べてゾウリムシの応答は速いので、この実験では除外できる。

 物理学的作用は電気力で、クーロン力と誘電泳動力の二に分けられる。クーロン力は、細胞が持つ電荷に作用する力で、直流電界では力を及ぼすが交流では打ち消されて作用しない。一般に細胞は負に帯電している。誘電泳動力は分極に作用する力で、直流でも交流でも力は発生するがクーロン力に比べて小さいため、もっぱら交流で作用が見られる。

 生物学的作用は細胞膜にかかる電位差(膜電位)によって起きる細胞機能の変化で、神経の興奮などがその例である。ゾウリムシで何が起きているのか詳細は分からないが、膜電位の値によって繊毛運動のムチ打ち方向が反転することが知られている。このため、電界の加わり方によっては、ゾウリムシの走行方向が影響を受ける。

 この実験で重要となる物理学的および生物学的作用については、十分に理解しておく必要がある。そこで以下の予習問題をあらかじめ解き、実験開始前にレポートとして提出すること。不明な点があれば実験前に担当教員に質問し、疑問点をなくしておくこと。

 

3.予習問題


 以下の予習問題を解いて実験開始前にA4レポート用紙で提出すること。単位系はSI単位(MKSA単位)を用いて計算すること。

1,同じ中心軸をもつ、半径aの円柱電極1と半径bの円筒電極2が、シャーレの水の中に立っている(a<b)。電極2を電位0(アース)として電極1に正の電圧Vをかけたとき、水中に発生する電界の強度E(r)を求めよ。Eは中心軸からの半径rの関数である。水の誘電率はε、導電率は0、電界は水中を半径方向に均等に広がるものと考えること。

 

2,2つの点電荷q-qを、長さdの絶縁体の棒で結合することで電気双極子を作った。これを問1の電界中に、qが半径r1-d/2-qが半径r1+d/2の位置になるよう電界と平行に配置した。このとき正負の電荷に加わる力の和fdを求め、双極子モーメントの大きさm=qdの関数として表せ。ただし、dは微少量として第一次の近似解を求めれば良い。

 

3,粘性係数ηの液体中で、半径aの円形断面をもつ物体が速度vで断面と垂直に運動するとき、この物体に働く粘性抵抗力fvは、

                fv = 6πaηv

で与えられる。この粘性力大きさは、ゾウリムシが速度vの時に発生している推進力に等しい。室温での水の粘性係数η110-3[Pas]として、ゾウリムシが繊毛で発生する推進力を求めよ。ただし、ゾウリムシは1秒に体長の10倍程度を進むものとする。

<参考:粘性係数のSI単位はパスカル秒[Pa·s]であり、ポアズとの換算は 1 [ Pa·s] = 1 [kg/m·s] = 10 [P]となる。水の粘性係数は約0.01[P]なので、1x10-3[Pas]である。>

 

4.実験方法

テキスト ボックス: セル

 この実験ではセル(電極を設置した円形のシャーレ)を用いて水中のゾウリムシに電界を印加する。電界の種類は、直流と交流で実験を行うが、それぞれで別の電源装置を用いるので、二つの班でテーブルを交代して実験をする。

 

実験A 直流電界の作用

1,ゾウリムシの入った培養液約5mLをセルに入れる。

2,セルの電極を直流電源に接続し、実体顕微鏡で中心の電極付近のゾウリムシの動きを観察しながら電圧を上げていく。

3,ゾウリムシが電極に集まり始める(または散り始める)電圧Vを測定、記録する。

4,集まり始める電圧において、電極からゾウリムシが影響を受ける領域の半径rを求め、記録する。(視野の直径を定規で測り、視野内の割合から半径を計算する。)

5,ゾウリムシが影響を受け始める電界強度Eを、Vrから計算する。

6,電極1が正と負の場合でそれぞれ実験を行う。ゾウリムシが集まらなくても、10V以上の電圧はかけないこと

ゾウリムシが電界の影響を受けるまでには時間がかかるので、一定の条件で30秒から1分程度、変化がないか観察し、その後すぐに電圧を切ること。

ゾウリムシの変化の基準を、回転、停止、方向転換など明確に言葉にして記録し、図に描く。またその変化が起きた位置r、電圧V数値で記録する。


実験B 交流電界の作用

1,ゾウリムシの入った培養液約5mLをセルに入れる。

2,セルの電極をスライダックにつながった交流電源ボックスに接続し、実体顕微鏡で中心の電極付近のゾウリムシの動きを観察しながら電圧を上げていく。

3,電界に対するゾウリムシの反応を記録する。

4,ゾウリムシに変化が起きる電圧Vを測定、記録する。

5,変化が起きた電圧でゾウリムシが影響を受けている領域の半径rを求め、記録する。

6,ゾウリムシが影響を受け始める電界強度Eを計算で求める。

7,ゾウリムシに変化がなくても、30V以上の電圧はかけないこと。


5.レポートの作成


 レポートは以下の5項目に分けて作成する。各項目は下線で示した必須事項が抜け落ちないように作成すること。

1,目的

 目的はこのテキストの「目的」を改案して用いてもかまわない。目的の最後に、自分がこの実験で検証する項目をリストにして書いておくこと。

  例.    1.xxxを測定する。

                2.yyyであるかどうかを確認する。

               


2,方法

 方法は、その内容を見たひとが実験を再現できるようなものでなければならない。配布された教材は不十分なので、自分で実際にやった実験を十分詳しく説明すること。レポートの説明だけで実験を再現できなければ合格ではない。特に装置はオリジナルのものなので、図で記録して実験方法が明確に分かるようにしておく。

3,結果

 各実験に対して、結果をそれぞれ数値で示すこと。単に、速かった、遅かった、うまくいった、失敗した、等の表現だけでは主観的で評価できない。必ず結果は数値で示し、その数値が電気走性に対して何を意味するか文章で説明せよ。

4,考察

 結果には必ず考察を加える。考察は「〜だった。〜だと思う。」で終わってはいけない。そう考える理由と理論を明確にすること。理由と理論がなければ単なる感想であって考察ではない。考察がなかったり、考察に理由の説明がない場合、科学レポートとしては評価が低くなってしまう。

5,結論

 考察から結論をまとめる。結論は目的でリストした項目に答えているだろうか。目的との対応が分かるように結論を書き、目的がどこまで達せられたかを明確に示すこと。

 

考察項目


 以下の項目について、レポートの考察項目として記述すること。

A.直流電界の効果

・ゾウリムシはクーロン力によって動かされるのかどうか。

・ゾウリムシの細胞膜に加わる膜電位の値はいくらか。

・ゾウリムシは繊毛(chili)を波打たせて泳ぐが、絨毛は膜電位によって波打ちの向きを変えることが知られている。このことからゾウリムシが一方の電極に集まる理由を説明せよ。(繊毛の波打ちが膜電位でどう変わるかは、各自妥当と思われる推論をしてみること。)

 

B.交流電界の効果

・ゾウリムシは交流電圧をかけると、どの電界強度で、どんな動きをするのか。

・ゾウリムシは電極に集まるのだろうか。

  ゾウリムシの分極率をαとすると、電界強度Eのにおける双極子モーメントの大きさmは、m=αEである。ゾウリムシに作用する誘電泳動力の大きさfdはどのような値になる、中心電極からの距離rの関数として式の形で求めよ。またゾウリムシの分極率を5×10-22 [N-1A-2s-2]としたときの誘電泳動力の大きさを求めよ。

 

参考文献

[1] T.B.Jones,”Electromechanics of Particles”,Cambridge Press(1995).

[2] J.C.スレーター、N.H.フランク、「電磁気学」、丸善

 

(レポート作成には、バイオエレクトロニクス研究室HPLecture>実験IIの講義資料も参考にして下さい。URL : http://www.ml.seikei.ac.jp/biolab/lecture/LabClass2/labclass2.html

 
 


 20163月改訂



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