無機化学ニュース
ある会社のブログに定期的に化学関連の記事を出すことにしましたので、ここは当面お休みとします。すみません。
無機化学講義担当者による不定期更新のニュースです。(本文中doiで始まる数字や記号は文献を特定するための番号Digital
Object Identifierです。この番号でググっていただければ元論文にたどり着けます。)
- 2017/7/18 いやはや暑いですね。今日はホットな冷たいお話。液体ヘリウム(-269℃)は数年前にアメリカでのトラブルから非常に値上がりしたことはよく知られており、それのせいでNMRという分析機器の維持が大変なことはどこの大学でも大きな問題になっていると思います。6月5日に中東のカタールの周辺諸国がカタールとの交易を封鎖したらしいのですが、それによってまたこの問題が一層深まるかもしれないとのことです。Chem.Eng.Newsの6月26日号の記事によればカタールは今や世界のヘリウム供給の30%をになっているらしいのですが、この供給の主なルートは周辺諸国を経由する陸路でこれがほとんどストップしており、今後この事態が続けばさらなるヘリウム不足に陥る可能性があるとのことです。なんとかしてほしいですね。
- 2017/6/20 久しぶりの更新です。Chem.Eng.Newsの5月29日号の記事から紹介します。酸素原子はご存じのとおり通常質量数は16です。自然界では17の酸素は0.04%のみだそうです。しかし17Oが入った化合物を使うと都合が良い研究手法があります。例えばNMRです。ただ0.04%では少なすぎてNMRで検出するには相当な苦労が必要であるために、17Oの割合を増やした酸素化合物を用いることがありますが非常に高価です。フランスの研究所で簡単に17Oを導入する方法が開拓されましたDOI:10.1002/anie.201702251。酸素化合物に17Oを含む水H217Oを振りかけて機械的に混ぜ合わせればいい(Mechanochemistry)ということだそうです。カルボン酸などの有機物でも無機物でも適用できコストが安いということだそうです。うーん
- 2017/3/22 ある記事(Chem. Eng. News Feb. 13, 2017, P.5)によれば「化学の教科書の著者は貴ガスの章を書き換えなければならないであろう」とありました。なんとヘリウムの化合物が作られたというのです。ロシアと中国の研究者の共同研究で、Na2Heなる組成の化合物が存在することを計算で予言し、実際に115GPaの圧力下(=115万気圧!!)でその化合物の結晶を得たとのことです。これは蛍石型の構造を持った結晶であることもX線構造解析によって確認されました。またNa2HeOという化合物も安定のはずだという結果を計算で得たとのことです。(DOI:
10.1038/nchem.1716) 我々も↓の教科書を書き換えねば・・・
- 2017/3/7 無機化学の基礎が出版されました。是非どうぞ。宣伝ばかりなのも何なので、本来の無機化学の話題です。先日MRI診断を受けた(実は以前ある病気と診断されて以来定期的に膵臓近辺をチェックしている)際に、以前はなかったと思うのですが、今回Bothdel(日本語名ボースデル)とかいう薬を飲まされました。これがググってみるとなんと塩化マンガンの水溶液とのことです。通常塩化マンガン36mgを250mLの水溶液にして服用するんだそうで、計算すると0.7mmol/Lになります。これでMRIをとると胃や十二指腸など膵臓のそばにある臓器のMRI信号が消失し、膵臓の膵管とかのコントラストが増強するんだそうです。マンガン(II)は不対電子が5個で、ガドリニウム(III)の7個には及ばないものの磁性は強いということですね。ちなみに90%近くは尿ではなく糞中に排泄されるらしいです。(協和発酵キリンの添付文書による)
- 2017/2/14 そういえば今日はB. Dayですね。下でも紹介させていただいた「無機化学の基礎(神奈川大学の川本達也先生と山梨大学の佃俊明先生との共著)化学同人」が完成しました。まもなく書店でも買えると思いますのでどうぞ手に取ってみて下さい。ページ数の割に何とか値段を抑えていただいたのでおトクかと思います。
- 2016/12/10 はや師走となってしまいました。今回は宣伝です。私が著者の一人となっている無機化学の新しいテキストが近く発刊される予定です。実生活とのかかわりを多少意識しているところ、多くのテキストのように周期表の順に章をたてて説明はしていないところ、2色刷の範囲でできうるきれいな図を多用しているところなどが特徴です。どうぞ皆さま見て下さい。
- 2016/8/26 もうすぐ8月も終わりですが暑いですね。さて、英国RSCのChemistry
World8月号で知ったのですが、+10の酸化数をもつ原子を含む化合物が予測されているそうです(DOI:10.1002/anie.201604670 化学をやっておられる方は何の雑誌かおわかりですね。)。これまで最高の酸化数は[IrO4]+の+9だったそうで、これは実在することも確認されているとのことでした。今回、ミネソタ大学の研究者は密度汎関数計算によって[PtO4]2+が存在し、313日の寿命をもっていることを示したとのことです。そのほかにもPdO42+,
PtO42+, PtO3F22+,
PtO4OH+・・・などがあるとのこと。
- 2016/7/9 だいぶ間が空いてしまいました。なんといってもこの間のニュースはニホニウムでしょう。英語ではなんと発音されるのでしょうか。まだ正式決定ではないそうですが、事実上決定したと思っていいようですね。日本ではニホニウムのみ話題になっていましたが、あと3つの元素名も同時に決まりました。これにて第7周期まで全ての元素が埋まったことはもっと強調されていいように思います。あと3つの元素とはMoscovium、Tennesine(テネッシーンみたいに読むらしいです。最初にアクセント)、Oganessonです。最後の元素名はロシアの化学者Yuri Oganessianさんにちなんでつけられたそうです。この方は1933年生まれの方で、存命中に元素名となったのはSeaborgium以来とのことです。
- 2016/4/28 まもなくGWで学生さんも(きっと)先生方も一休みですね。さて、悲しいニュースは私共がいつもお世話になっている計算化学の方法を開発されたお一人のWalter Kohn先生がお亡くなりになったとのことです。93才。Kohn-Sham方程式というのは有名ですよね。お悔やみ申し上げます。無機化学のニュースは、バクテリアを使って希土類を分離するという方法が発表されたそうです(Environ.
Sci. Technol. Lett., 2016, 3 (4), pp 180-184)。あるバクテリアは希土類イオンを保持するそうですが、その保持力がpHによって異なり、しかもpHが高いときと低いときで保持する希土類の種類が異なることによって分離ができるということのようです。
- 2016/4/5 ついに新学期が始まりました。桜はきれいだけど天気がイマイチですね。さて、英国化学会のニュースの見出しは”Chemists unravel their carbon ramen”です。ramenって何?いまや世界に通用する食べ物ですね。それによればドイツの化学者が「塩と砂糖」を加熱することで新しいナノ構造炭素を見いだしたとのことです。塩と言ってもLiClやKClらしいですが、それにあるリチウム塩とブドウ糖を加えて加熱するとのこと。
文献(DOI:10.1039/C5MH00274E オープンアクセスなので誰でも見られます)最後の図Fig.4はまさにRamen!! この材料は新たな電気化学触媒などとして期待されると著者らは言っています。
- 2016/2/4 寒い日が続きます。今回はちっとも新しくないニュースですが、私はつい最近知ったことです。酸素(O2)分子が不対電子を2個持ち、それ故に青い色をしているとか、常磁性(磁石にわずかに引き寄せられる性質)があるとかいうのはよく知られていますが、酸素を10GPa(10万気圧かな)以上の圧力にすると赤い色の固体(O8)になるんだそうです。たまたま某試薬メーカーから送られてきた機関誌にこのことが書いてあって知ったのですが、wikipediaにも出てるのですね。エジンバラ大学のMalcolm I. McMahon教授らのグループの研究成果(2006年、10年前だ)だそうです。 doi:10.1038/nature05174
- 2016/1/16 新年おめでとうございます。といってももはや半月過ぎてしまいました。先日届いたChem.Eng.News(米国化学会機関誌です)の12月21日号27ページにMolecules
of the yearというのが出ていました。5つ紹介されていてそのうちの一つは昨年ご紹介したコバルトの分子です。そのほかにはホウ素が3つ三角形に並んだ分子が「最小の芳香族」として紹介されていました(doi:10.1002/anie.201508670)。実際には各ホウ素にはNR2基(Rは多分何らかのアルキル基)着いているので、分子量としてはベンゼンより大きそうですが。逆に最大の電子数の芳香族分子というのも出ていました。これは無機物ではありませんが、京都大学の大須賀先生らのグループが発表されたもので,π電子が50個あるんだそうです(doi:10.1002/chem.201500650)。
- 2015/12/28 今年もおしまいですね。ニュースによればまもなくIUPACにより新たに4つの元素が認定されるとのことです。新聞報道によれば113、115,117,118の4つの元素が一気に命名されるとのこと。このうち113番は理研の成果が有力とのことで、一説によればジャポニウムとなるらしいです。文科省のサイトによればこの元素は0.6msの寿命でRg(レントゲニウム)に崩壊、その後Mt(マイトネリウム)、Bh(ボーリウム)、Db(ドブニウム)、Lr(ローレンシウム)、Md(メンデレビウム)とアルファ崩壊を繰り返していいくとのこと。私が学生時代は確か周期表には103のLrまでしかなかったのにどんどん増えてきてついに第7周期まで完全に埋まる見通しなのかな。
- 2015/12/13 無機化学に関係ないかもしれませんが、驚きのニュースです。11月末に化学の研究をやっている人ならいつもお世話になっているSigma-aldrichをMerck社が買収したというのでびっくりしていたら、なんとデュポンとダウケミカルが来年合併するというニュースが新聞にでていました。いずれも伝統があり、売り上げが4兆円を超える巨大企業で、合併すればBASFを抜き世界最大の化学メーカーになるとのこと。大変な世の中になってきたものです。
- 2015/11/16 Chem.Eng.News(2015/10/19、P28)によれば、これまでで最も多い配位数の化合物が合成されたとのことです。つまり原子からでる結合の手の数が多いということ。CoB16-は1つのコバルト原子にホウ素が16個付いているイオンで気相中でその構造が確認されたとのこと(Nat.Commun. DOI:10.1038/ncomms9654)。構造はコバルトをはさんで、ホウ素8個からなる正八角形の環状配位子が上下に存在するというもので、太鼓型をしていることから"molecular
drum"と言っています。従来の記録はトリウム化合物の15配位らしい。コバルトとホウ素の酸化数を普通に考えることはできませんね。コバルトで「理論上最も大きな結合数」だといっているそうです。普通一つの結合を作るのに2個の電子が必要と考えれば、16本の結合を作るには32個の電子が必要で、これはコバルトの価電子数にあたるということを指しているのかな。
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